はじめに
脳梗塞は、命が助かっても手足のまひで寝たきりになったり、言葉を失って意思の疎通ができなくなったりと深刻な後遺症を残すことが多い病気です。発症すれば1分1秒の一刻を争いますが、そのタイムリミットは治療法の進歩で徐々に延びています。ここでは当院における脳梗塞治療の現状についてご紹介いたします。
生命を脅かすタイプの脳梗塞「心原性脳塞栓症」
脳梗塞は、血管が詰まり、脳の組織が壊死してダメージを受ける病気です。
年間25万人以上が、脳の血管が詰まるか破れるかする「脳卒中」にかかりますが、そのうち約4分の3は脳梗塞です。
脳梗塞にはいくつかのタイプが存在しますが特に怖いのは、「心原性脳塞栓症」です。
これは不整脈によって心臓にできた血栓が脳の血管に飛散し、比較的大きな血管が詰まるタイプの脳梗塞です。いきなり倒れるので、亡くなったり、重い後遺症が残ったりすることが少なくありません。
脳梗塞の治療
これまで根本的な治療法がなかった脳梗塞の治療が劇的に変わったのは2005年です。
脳に詰まった血栓を溶かす薬「t−PA」(アルテプラーゼ)が保険適用になり、迅速に治療を受ければ後遺症なく社会復帰することも可能になりました。
t−PAは静脈から点滴投与して血栓を溶かし、脳の血管を「再開通」させます。
当初は発症から3時間までしか投与できませんでしたが、その後、4時間半までは治療効果があるとの研究報告があり、12年にタイムリミットが延長されました。ただ、脳の太い動脈が詰まるとt−PAだけではなかなか血栓が溶けず、血流が再開しないこともあります。t−PAを投与できても、介護の必要がない状態で自宅に帰れる割合は40%程度にとどまっていました。
そこで登場したのが、脚の付け根から直径3mm程度のカテーテルを血管に挿入し、血栓を除去する「血栓回収療法」です。放射線により映し出された画像を確認しながら、カテーテルで血栓を回収する治療です。血栓を絡めて回収するステント(図1)や、血栓を掃除機のように吸い込むカテーテル(図2)などがあり、それらを組み合わせて血栓を除去する手法(図3)があります。
(図1)
(図2)
(図3)
海外の研究では、t−PA投与後にステント型の血栓回収療法を実施したグループの24時間以内の再開通率は100%。90日後の生活自立率は71%というデータがあります。
それに対してt−PAだけを投与したグループでは24時間以内の再開通率は37%、90日後の生活自立率は40%にとどまりました。
血栓回収療法を施した方が社会復帰できる確率は2倍近く高かったのです。
カテーテルによる血栓回収療法が受けられれば約7割が社会復帰できます
「血栓回収療法」は発症から8時間まで治療が可能でしたが、2018年からは、発症から24時間以内であればこの治療を受けることができるようになりました。
t−PAだけだった時代より、タイムリミットが延び、より沢山の患者さんを救うことができるようになりました。
【実例】
症状 : 意識障害、言葉がでない、右半身の重度の麻痺
左中大脳動脈閉塞(▲) |
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広範囲な血流低下(矢印部分(←))を認めるが、まだ脳梗塞には陥っていない。
(治療前)
(治療後)
t−PAも血栓回収療法もいずれの治療も発症から実施までの時間が短ければ短いほど、後遺症なく社会復帰できる確率が高まるのは同じです。
脳は虚血に弱く、血が通わなくなると何と1秒間に30,000個の脳細胞が死んでいくとされます。一度完全に壊死した脳細胞をよみがえらせることはできません。脳梗塞かもしれないと思ったらすぐ救急車を呼び、少しでも早く病院にたどり着くことが重要です。病院に到着してからも、1分1秒でも早く詰まった血管を再開通させることが大切です。
府中病院では、病院到着後90分以内に治療を完遂できるように救急隊、看護師、検査技師、医師が密に連携を取り合い、日々治療に当たっています。
Time is brain
2015 Society of Neurointerventional surgery
SNIS
目標
画像診断まで:15分
rt-PA静注療法まで:30分
血管内治療開始まで:60分
再開通まで:90分
さいごに
下記のような脳梗塞の症状が出現したらすぐに脳神経外科への受診をお願いいたします。
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顔の片側が歪む
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片方の手に力が入らない
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ろれつが回らない
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言葉が出ない
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片方の目が急に見えなくなった
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歩きづらく片側に倒れそうになった