症例1
- パートナー:55歳 男性
- 主訴:腹痛、嘔吐
- 既往歴:高血圧、脂質異常
- 現病歴:朝食後、突然腹痛が出現。絞られる痛みでその後、3回嘔吐。下痢は認めず。
- 生化学検査:血糖 111 mg/dl、白血球 11200 /μlと上昇を認めたが、CRPやその他の検査に異常を認めず。
- 腹部超音波所見:まずは、事件現場周囲の聞き込みから捜査(検索)を開始した。肝臓は脂肪肝、胆嚢にポリープ(胆石なし)、腎臓は左腎に嚢胞と血管筋脂肪腫を認め、膵臓、脾臓は異常なく痛みの原因は指摘できなかった。胃や十二指腸も明らかな拡張や壁肥厚、潰瘍も指摘できず。大腸は上行~横行結腸に憩室を認めるも浮腫や周囲の炎症所見は認めず。虫垂は描出できるが腫大なし。(4㎜)腹水は右傍結腸溝に少量認めた。
周囲の聞き込みの結果からは有力な証拠(所見)はなかった。
- 一部の小腸に浮腫を認め、内部に約3cmの高輝度エコー(犯人)を認めた。しかし、明らかな腸閉塞の所見はなかった。(現行犯逮捕に至らず)
- CT所見:小腸内に異物を疑う高吸収な構造物が見られる。
- 手術所見:小腸内に異物を認め部分切除を行った。切除部位には潰瘍性病変があり胃石がはまり込んでいた。
- 診断:小腸異物(胃石)による潰瘍の痛みや腸閉塞があったものと思われた。
次に、今までの捜査により逮捕した犯人(異物)を報告したいと思います。
① |
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その他の食餌性腸閉塞には柿、餅、昆布、コンニャク、竹の子、ゴボウなどの犯行が知られています。皆さん、よく噛んで飲み込んでくださいね。 |
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④ |
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症例2
- パートナー:72歳 男性。
- 主訴:激痛。
- 現病歴:20XX年5/7から食後に間欠的な痛みがあったが経過をみていた。
5/17の夜中に激痛を認め、当院救急搬送となった。下痢、嘔吐はなし。
5/7にブリ大根を食べたが骨は飲んでいないとの事。 - 既往歴:腸閉塞(小腸)、胆石症(手術なし)。
- 生化学検査:γ‐GTP:94 U/l、総ビリルビン:1.39 mg/dl、CRP:12.87 mg/dl、白血球:10000/μlと上昇。赤血球:398万/μl、Hb:12.7 g/dl、Ht:37.0 %と低下。その他は正常。
- CT所見:胃壁にhigh densityで鋭いものあり。アニサキス虫体にしては大きい(魚骨?)周囲脂肪織上昇あり。胆石あるも炎症は認めず。
- 胃内視鏡所見:前庭部前壁に4㎜大の粘膜下腫瘍様の隆起あり。その頂部から2㎝ほどの魚骨が刺さっているのを確認した。オーバーチューブ留置し先端フード装着のうえ、回転鰐口鉗子にて把持抜去施行した。
魚骨は3cm程度であった。魚骨抜去後穿刺部はごく少量の膿の付着を認めるが明らかな穿孔は確認できなかった。
- 腹部超音波所見:胃前庭部~幽門部付近に壁肥厚を認め、周囲脂肪組織の肥厚とリンパ節の腫大を認めた。
外へ突出する high echo を認め、肝内へ続く濁った液体貯留も認めた。
魚骨除去後の穿通部と周囲膿瘍を疑った。
- 所見:胃壁外に30㎝の膿瘍を認めた。胃内には孔はなかった。
症例3
- パートナー:91歳 女性。
- 主訴:吐血。
- 現病歴:早朝6時30分頃、廊下に30㎝程の血だまりがあるのを家人が発見する。その後、様子を見ていたが昼過ぎに洗面器一杯の吐血を認めたため、当院救急要請となった。
- 既往歴:夫への片腎ドナー済み。
- 生化学検査:血糖202 mg/dl 尿素窒素33.1 mg/dl クレアチニン1.37 mg/dl尿酸8.1 mg/dlと高値。 総蛋白6.1 g/dl アルブミン2.7 g/dlは低値。その他は正常であった。明らかな貧血はなかった。しかし、翌日に赤血球 330万 /μl、Hb 10.2 g/dl、Ht 30.0 %と低値だった。
- 腹部超音波所見:検査前に吐血を認め、ガスも多く検索困難で見える範囲での検索とした。胆嚢に胆石を認めるも炎症所見はなかった。肝臓、膵臓、腎臓、脾臓は明らかな所見は乏しかった。
- CT検査:胃内に凝血塊を疑う高吸収な内容貯留が見られる。単純CT上、胃の壁肥厚は指摘できなかった。
- 胃内視鏡:胃内に凝血塊の貯留を認め、胃角部小弯に胃潰瘍を認めた。
潰瘍底に凝血塊が付着していたので除去し露出血管を確認した。
ソフト凝固止血を行うと誘発出血を認めたため、止血処置をした。
確認のため、翌日も胃内視鏡を施行したが出血は認めなかった。
教訓:犯人が見えないからと言って諦めるのではなく、粘り強く捜査し違う視点で捜査すると犯人は逮捕できる事件もある。
最後に、突き止められなかった症例も報告したいと思います。(人間は失敗しながら学習、成長します)この症例は、日本超音波医学会 第44回関西地方会学術集会で発表した症例です。発表形式で紹介します。
症例4
- パートナー:52歳 女性。
- 主訴:心窩部~下腹部痛。
- 現病歴:20XX年8月7日午後2時頃から心窩部痛、悪心、嘔気が出現し近医を受診。投薬加療で少し症状は軽減したが、翌日朝より微熱が出現し下腹部に痛みが移動したため、当院を受診した。下痢、血便は認めず。
- 既往歴:胃、十二指腸潰瘍。
- 生化学検査:CRP 2.95 mg/dl 白血球10100 /μl 総ビリルビン 1.44 mg/dlと上昇。腫瘍マーカーのCEAも12.5 ng/ml で上昇していた。
- 腹部超音波所見:右下腹部走査で虫垂根部(3~4mm)を描出できたが腫大なく先端は確認できなかったが虫垂炎は否定的と判断した。①子宮の右側に嚢胞性腫瘤(38×60mm)を認めた。②骨盤腔内に混濁した腹水を少量認めた。③痛みが強いため右卵巣嚢腫茎捻転を疑った。
- 腹部CT所見:骨盤腔内に径42㎜大の嚢胞性腫瘤を認めた。①右卵管間膜の浮腫、腫大が疑われた。②右卵巣嚢腫の軸捻転と診断した。
- 手術所見:婦人科にて試験開腹術を施行したが、両卵巣に異常はなく腹腔内を観察すると著明に腫大した嚢胞状の虫垂を認めた。虫垂根部の2㎝末梢で反時計回りに540°捻転しており、外科医にて解除後切除した。①摘出標本を切開すると白色のゼリー状物質が充満していた。②
- 病理組織学的所見:拡張した虫垂内腔には腫瘍細胞は認めなかった。虫垂根部の粘膜は、びらん、出血、変性・壊死および軽度の炎症性変化が見られ、閉塞性変化に伴うものと考えられる。
診断:虫垂粘液嚢腫。(mucocele)
今回の誤診を受け、過去の虫垂粘液嚢腫と卵巣嚢腫の内部画像を比較検討した。
- 虫垂粘液嚢腫の症例
症例1、症例2、本症例を並べて比較した。
次に、卵巣嚢腫の内部画像を比較した。
- 卵巣嚢腫の症例
まとめ:今回、手術前に右卵巣嚢腫茎捻転と診断したが手術中に虫垂粘液嚢腫軸捻転であった症例を経験した。誤診の原因は虫垂根部が描出できたため、虫垂炎は除外したからと思われる。先端まで確認することが望まれた。
虫垂粘液嚢腫と卵巣嚢腫との鑑別は、内部が粘液ゼリー状エコーと思われる高輝度エコーの場合は、虫垂粘液嚢腫の可能性が示唆された。
この粘液ゼリー状エコーは、玉ねぎをスライスしたように見えることからオニオンスライスサインと呼ばれているそうです。
さて、急性腹症(腹痛)の原因を突き止める経過をいくつか報告しましたがいかがだったでしょうか?
最後に、もう一度言います。私の師匠がエコー刑事(デカ)と言う表現をしています。周囲の聞き込みをしながら事件現場を徹底的に捜査して証拠を集め、アリバイなどを含めて消去法で犯人を逮捕していきます。また、隠れている犯人がいれば拡声マイクで自首するように呼びかけたり、視点を変えて背後から捜査をしたりします。完全犯罪を暴くのは難しいですが、何らかの証拠(所見)を残していると思います。皆さんもエコー刑事(デカ)になったつもりで犯人(疾患)を逮捕(指摘)してみませんか?