府中病院の理学療法・作業療法・言語聴覚療法室における「がんのリハビリテーション」に対する取り組み

こんにちは。府中病院、理学療法室、作業療法室、言語聴覚療法室です。

近年さまざまな疾患に対するリハビリテーションの効果がますます示されてきています。その一つが「がんのリハビリテーション」です。

がんといえば昔は不治の病というイメージがありましたが診断・治療の進化によって、がんを克服したり、がんとうまく付き合いながら社会生活を営んだりすることが可能になってきました。

そこで重要になってきているのが「がんのリハビリテーション」です。

この記事では

「がんのリハビリテーション」のことをもっと知りたい。

と考えておられるセラピストや患者さん・ご家族や

「がんのリハビリテーション」のプロになるための資格についてもっと知りたい。

と考えておられるセラピストのみなさんに

「がんのリハビリテーション」の「現場」に関わっている府中病院の理学療法士、作業療法士、言語聴覚療法士が

  • 「がんのリハビリテーション」の実際やその効果
  • 「がんのリハビリテーション」のプロになるための資格や、その取得方法

について詳しく解説していきます。

①「がんのリハビリテーション」とは?

リハビリテーションといえば

  • 骨折したあとに歩く練習をすること
  • 脳卒中で麻痺した手足を治療すること

という機能訓練や動作訓練というイメージが強いのではないでしょうか?

これらは「リハビリ」のほんの一部です。

リハビリテーションとは、住み慣れたところで安全に、その人らしく、いきいきとした生活ができるように保険・医療・福祉・介護そして地域の人々などあらゆる組織や人々が協力して行う活動のことを言います。(地域リハビリテーションの定義、一部改変)

下記のデータからもわかるように、決して「がん」という病気は特別なものでなく身近にある病気で、「がん」を克服したり、「がん」とうまく付き合いながら社会生活を営むことが必要になってきています。

  • 2018年に新たに診断されたがんは980,856例(男性558,874例、女性421,964例)*
  • 2019年にがんで死亡した人は376,425人(男性220,339人、女性156,086人)
  • 2009~2011年にがんと診断された人の5年相対生存率は男女計で64.1 %(男性62.0 %、女性66.9 %)
  • 日本人が一生のうちにがんと診断される確率は(2018年データに基づく)
    男性65.0%(2人に1人)
    女性50.2%(2人に1人)
  • 日本人ががんで死亡する確率は(2019年のデータに基づく)
    男性26.7%(4人に1人)
    女性17.8%(6人に1人)

国立がん研究センターがん対策情報センター がん情報サービスから抜粋
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html

その一方で治療にともなう身体的障害やさまざまな問題が社会生活を阻害することもわかっています。

たとえば入院・治療によりベッドで休んでいる期間が長くなれば体力が低下し、生活を営むのが困難になる可能性があります。またストレスによる心理的問題が生じます。そして仕事や自宅での役割ができないなど社会的な問題が生じます。さらに「なんのために生きるのか?」というスピリチュアルな問題も生じます。患者さん本人だけでなく、ご家族の生活にも影響がおよびます。

病気の影響はなくても、このような問題があれば「生活の質」が下がってしまって辛いですよね。

このようながん治療に伴う「生活の質」が低下してしまう問題を解決する方法こそ「がんのリハビリテーション」です。

「がんのリハビリテーション」とはがん患者の生活機能と生活の質の改善を目的とする医療ケアであり、がんとその治療による制限をうけた中で、患者に最大限の身体的、社会的、心理的、職業的活動を実現させることと定義し、臨床腫瘍外科医、リハビリテーション科医の指示により、医療ソーシャルワーカー、臨床心理士、がん看護師、理学療法士、作業療法士などのコアメンバーと、その他がん患者特有の問題に対処するさまざまな専門職からなるチームとして提供される

Veronika Fialka-Mose(2003):Cancer rehabilitation: particularly with aspects on physical impairments

このように「生活の質」を高めるためには専門職の「チーム力」が大切です。

たとえば、

  • 適切な診断、治療を行う
  • 治療の前に筋力や体力を蓄えて弱らなくする
  • 治療後から適切に活動を行い身体の機能を回復させる
  • 治療に伴うストレスや不安へうまく対処する
  • 治療に伴う副作用を薬でうまくコントロールする
  • 食欲や体調に応じた適切な栄養をとる
  • 社会的な制度をうまく利用する
  • 福祉用具など生活環境を工夫する
  • 「なんのために生きるのか」というスピリチュアルな問題へ対処する

など・・・

サッカーで例えるなら

1人の選手がボールを蹴ってもゴールを割ることはむずかしいです。
チーム全員がサッカーのルールや戦術を知っていて、チームメンバー特性を生かして連携できればゴールの可能性が格段に上がります。

ゴールは患者さんの「生活機能」と「生活の質」の改善。そして笑顔です!

そして「がんのリハビリテーション」は治療中だけに行うものではありません。

下記は時期によるリハビリテーションの内容です。

予防的リハビリテーション

手術などの治療や病態の進行などによってさまざまな問題が予測される場合に、その機能障がいや活動制限が起こる前から障がいや制限を予防したり、その程度を軽減させたりするリハビリテーションです。例えば落ちてしまった体力をもとに戻すのはとても大変ですが、あらかじめ体力を底上げし低下を予防しておく方がはるかに容易だからです。

回復的リハビリテーション

治療を行うと場合によってはベッドで安静にしている時間が長くなり、体力や筋力が低下したり、こころの問題が生じたり、生活のしづらさが生じます。これらの改善のためにリハビリテーションが行われます。

維持的リハビリテーション

病態の進行があったとしても適切なリハビリテーションによって身体の機能や能力の低下を最小限にし、維持することが必要です。装具、自助具、福祉用具といった道具をつかって生活のしづらさを補いながら活発に生活をすることで生活機能や生活の質を保ちます。

緩和的リハビリテーション

積極的な治療が行われず、生活の機能が低下していたとしても適切なリハビリテーションによって生活の質を保つことができるように関わります。

国立がん研究センターがん対策情報センター がん情報サービスから抜粋
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html

このように継続的にリハビリテーションを行うことが効果的です。

府中病院は大阪府がん診療拠点病院であり、がんのリハビリテーションを積極的に行っています。
がんのリハビリテーションは、さまざまな種類のがんに効果が示されていますが、この記事では、府中病院の「血液のがん」に対するがんリハビリテーション

その中の理学療法・作業療法・言語聴療法に焦点をあてて

  • 血液のがんに対するリハビリテーションの実際
  • 「がんのリハビリテーション研修」履修方法とメリット

について、現場の理学療法士に詳しく聞いて行きたいと思います。

②血液のがんに対するリハビリテーション

-血液のがんってどんな病気ですか?
  

理学療法士 :  血液細胞が腫瘍化して増殖する疾患のことで造血器腫瘍と言われています。主なものとして白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫などがあり、がんのリハビリテーションにおける理学療法・作業療法・言語聴覚療法を提供しています。

詳しくは下記の府中病院のホームページをご覧ください。
https://seichokai.jp/fuchu/care/leukemia/

-血液がんのリハビリテーションでセラピストは何をやっているのですか?
  

理学療法士 : 血液がんの治療は様々なものがあります。例えば化学療法といって薬で治療をしたり、放射線治療が行われたりします。副作用の倦怠感などにより、ベッド上で安静にしている時間が増えています。また場合によっては感染を防ぐためクリーンルームの個室での生活となります。そうすると活動する量がますます減ってしまい、身体の機能が衰え生活のしづらさにつながります。理学療法では基本的に「運動療法」を中心に行っています。とくに大切なのは、治療の「前」から運動をしてもらう「予防的リハビリテーション」が大切です。

-予防的に行うことが大切なのですね!
  

理学療法士 : そうです。一度筋力や体力を失うと取り戻すためにかなりの時間が必要なのです。そうなる前に予防しておくという発想が大切です。それだけでなく運動には不安や抑うつを軽減させる効果がガイドラインでも示されてされており、運動療法は心理的な問題への有効な対処法なのです!

-運動は身体だけでなく心にも良い影響を与えるのですね。
  

理学療法士 : 府中病院の理学療法士が主に使っているのは、このエルゴメーターという機械です。いわゆる自転車をこぐ練習です。持ち運びができベッドサイドでも運動ができるので、クリーンルームで過ごされる患者さんにも運動をしていただけます。

これがエルゴメーターです。

持ち運びができるのでクリーンルームの中でも有酸素運動ができます。

-このようなペダリング運動が大切なのですね。
  

理学療法士 : そうです。このエルゴメーターの良いところは「運動負荷量」を調節できるところです。ペダルを重くもできますし、軽くも調節できるところです。

-よい気分転換にもなりそうですね。
  

理学療法士 : どうしても病院という環境では治療や検査が中心となり息抜きがしづらいです。クリーンルームで生活となるとなおさらです。このような運動はいわば病気のことから一旦忘れてもらえる機会にもなれば嬉しいとおもっています。

それでだけでなく足の力を付けておくと転倒しづらくなりますよ。

-なるほど、運動の効果ってすごいですね。
  

理学療法士 : 血液がんのリハビリテーションでは入退院をくりかえしながら治療と、リハビリテーションに継続的に取り組んでもらう方が多くいらっしゃいます。そのため患者さんとは長いお付き合いになります。そのため運動や訓練だけでなく、入院中の生活の悩みや人生の悩みなど、気持ちに寄り添えるセラピストでいたいと思っています。

-セラピストは患者さんと関わる時間が比較的多いですものね。
  

理学療法士 : たしかにそうですね。

-がんの治療は、体調や治療の状態によって対応が難しいのではないですか?
  

理学療法士 : がんのリハビリテーションにおける運動療法では治療の進み具合によって体調が変化したり、薬の副作用がでたり、人によって異なります。そのためその時の状態をしっかり見極めて対応する必要があります。当然私たちセラピストだけで判断できませんから、医師や看護師など多職種で連携して判断します。

身体の状態に合わせて運動の強さを調節します。
-チームワークが大切だということですね。
  

理学療法士 : 運動をすることだけが「がんのリハビリテーション」ではありません。「がんのリハビリテーション」の目的は、「生活機能と生活の質の改善」です。いわば、その人らしい生活をいかに獲得するか目的です。運動はたしかに効果的なのですが、それだけで解決できるわけではありません。リハビリテーションを行うのは理学療法士だけでなく多職種が力を合わせることが大切なのです

-「チーム力」が大切だということですね。
  

理学療法士 : そうです。

-多職種で連携するために取り組んでいることは?
  

理学療法士 : カンファレンスを週1回多職種で行っています。それだけでなく問題や変化があったときには多職種とすぐに協議して共有しています。チームワークは抜群です。そしてリハビリテーションは私たち、医療者だけで行うものではありません。患者さん・ご家族と一緒に目標を決定し、共有しておくことが大切です。目的地がばらばらだとチームワークが発揮できないので・・・

-目標共有ですか?具体的には?
  

理学療法士 : ここがとっても難しいところです。最近では「緩和ケア」の考え方も変わってきていて・・・いままでは治療は治療。それが終わったら緩和ケアと分けられていたのです。最近では「パラレルケア」という考え方が主流です。

-パラレルケア?
  

理学療法士 : パラレルケアとは、がんに対する治療と「緩和ケア」を診断と同時にバランスよく行っていこうというものです。
「緩和ケア」とはWHOの定義では「患者とその家族のさまざまな苦痛を的確に評価し緩和することで、QOL(生活の質)を向上させること」です。

その人らしい生活の目標をチームで決める。とっても難しいですがここが「がんのリハビリテーション」の醍醐味でもあり「チーム力」が試される部分でもあります。とてもやりがいを感じところですね。

-「緩和ケア」って聞くと終末期の方が受けるものというイメージがありました。違うのですね。
  

理学療法士 : いままでは「病気」の治療が医療の主な目的と考えられていましたが、QOLを高めることも同じように重要だと考えられるようになってきています。がんのリハビリテーションの目的もQOLの向上ですから、まさにがんのリハビリテーションもパラレルケアの考え方と同じですね。

緩和ケアとは患者さんとそのご家族の様々な苦痛を的確に評価し緩和することでQOLを向上させること
-なるほど。病気を治すだけでなくてQOLの向上も大切な目標なのですね。
  

理学療法士 : 治療が終わっても体力がなくて、好きなことができなかったり、家での役割や仕事ができなかったりするのも辛いですからね。その人の自宅での「役割」はなにか?どんなことを大切に、何をして生きていきたいかという「価値観」という部分を共有しておくことが大切なのです。たとえば主婦で料理をしたいとか、町内会の役員をしたいとか、会社に復職したいとか、生き方は人それぞれなので。このあたりは作業療法士が得意なところなので協力します。

作業療法士 : 作業療法では、具体的に患者さんが何に「興味」があって、どんな「生活環境」で、どんな「役割」があるのか?どのくらい上手にできるのか?という部分のリハビリテーションを行ってくれています。実際に料理の練習をしたり、車椅子を調節したり、自助具という便利な道具を提案したりしてくれていますね。

言語聴覚療法士 : もちろん嚥下や言葉に問題があれば言語聴覚療法士とも協力します。食事や言葉の問題はQOLに直結するので、とても大切なリハビリテーションだと思います。

-治療の進み方とそのひとの価値観をうまく融合して目標を共有していくのですね。
  

理学療法士 : はい。根拠のある治療を選択しながら、人それぞれ異なる価値観にそって、その人らしい生活の目標をチームで決める。とっても難しいですがここが「がんのリハビリテーション」の醍醐味でもあり「チーム力」が試される部分でもあります。とてもやりがいを感じところですね。

-がんの治療、副作用、経過、多職種の役割など・・たくさんの知識が必要で難しそうですが、どのように身につけていったのですか?
  

理学療法士  : はい。がんのリハビリテーションで診療報酬を算定するには「がんのリハビリテーション研修」の履修が必須です。この研修会は医師、看護師、理学療法士、作業療法士がひとつのチーム単位で受講します。

-チーム単位で受講するのですね。
  

理学療法士 : そうです。わたしもチームで履修しました。

詳しくはこちらをご覧ください。

がんのリハビリテーション研修・リンパ浮腫研修
https://ganriha.info/

がんのリハビリテーション研修は医師1名以上、看護師1名以上、理学療法士、作業療法士、言語聴覚療法士2名以上で4名~6名のチームとして参加します。

がんのリハビリテーションに関わるプロの療法士をめざしたいとお考えの方は、ぜひ府中病院で一緒に働き、共に学びながら資格取得をめざしていただきたいと思います。

-「がんのリハビリテーション」の勉強のポイントなどがありますか?
  

理学療法士 : 血液がんのリハビリテーションは、血液なので全身に影響が及びます。例えば、脳・骨・呼吸・循環そして精神症状。病気のこと、治療のこと、薬のこと、栄養のことを知っておく必要があります。それらは「がんのリハビリテーション研修」で基礎を学べるので大丈夫です。府中病院のように多職種で連携できる機会があるおかげで、たくさんの学びが得られます。

-府中病院の理学療法室・作業療法室・言語聴覚療法室では何名の「がんのリハビリテーション研修」履修者がいるのですか?
  

理学療法士 : 2021年4月現在で18名です。血液のがん治療でクリーンルームに入室されている方には、ほぼすべて運動療法を提供しています。がんばっています!

-ありがとうございました。最後に「がんのリハビリテーション」に取り組みたいと考えておられるセラピストや学生さんに一言お願いします。
  

理学療法士 : 府中病院の理学療法室・作業療法室・言語聴覚療法室では、がんのリハビリテーションに積極的に取り組み、地域の皆様の「生活機能の向上」と「生活の質」に貢献したいと考えています。がんのリハビリテーションに携わりたいと考えておられるセラピストの皆様。ぜひ府中病院で一緒に研鑽をつんでいきましょう。ありがとうございました。